私について

敏感で繊細すぎる幼少期~自尊心をなくした時代~

今だからわかることですが、私自身がHSP気質であり、幼い頃より色々と考えすぎたり、人の気持ちを感じすぎたり、読み過ぎて、自分の本音を抑えることの多い子どもでした。また、幼稚園以前より不安な気持ちになると、食が細くなることや、感覚な過敏さから集団に食事をとることに苦手さもっていました。

小学校に入学すると、学校一番の感情的なヒステリックな担任に当たってしまいました。担任からの友達や自分自身への限度を超える否定的な発言や行動に、繊細である神経をどんどんすり減らしていくストレスフルな毎日でした。

このようなストレスフルな環境下、もともと苦手さをもっていた給食の時間は、感覚過敏もある私にとって最悪の時間となりました。薄暗い地下の給食室に入ると、飛び込んでくる様々な食べ物の交じり合う臭い、食欲もでず、嘔吐すらするようになりました。

担任からは、「クラスで1番手がかかる子」と毎日のように言われ続けました。当然のごとく、時間内で食べ終わらず、友達が下校しても5時間目まで残って、給食を食べさせ続けるという日々。またお弁当も食べることもできず、残すことも許されず、掃除の時間に入ると廊下に机を出され、廊下で一人食べられないお弁当を前にしていた記憶があります。

そして、担任からは毎日のように親に対しての文句が連絡朝に記載されており、それを親に出すこと躊躇し、申し訳なさと悔しさ悲しさを感じる日々に、自尊心は下がる一方の毎日でした。けれど、その感情は決して誰にも話すことはなく、1人でその苦しさを抱えていました。

給食の日は、学校に行きたくなくてしかたない日々でした。
朝早くから目覚めてしまい、寒空の下で風邪を引こうと外へ出たり、家を出るが学校へ行かずにふらふらと彷徨い、家に戻るも罪悪感で家には入れず、庭から家の中で昼食をおいしそうに食べている兄たちを見ながら、泣いてたということがありました。

この小学校1年生の出来事がきっかけで、不安時に食が細くなったり、吐き気を感じるということが、成人まで続きました。

幼い頃の辛いこと、記憶って、残念ながらなかなか消えてくれないんですよね。

けれど、今はきっと、この小学校1年生辛い体験、それからしば続いた悩みがあったからこそ、今があるのかもしれないとも思うことができています。